通りの名前の由来

*  アルマティ市のほとんどの通りには、カザフ・ロシアの著名人や作曲家等の名前が付けられている。
  • ドスティク通り……カザフ語で「友好」の意。旧称はレーニン通り。
  • ジベクジョリ通り……カザフ語で「シルク・ロード」の意。
  • シェフチェンコ通り……タラス・グリゴーリエヴィッチ・シェフチェンコ(1814−1861)に由来する。ウクライナの国民的詩人、画家。47年自由で民主的な全スラヴ民族の団結を目指す秘密結社〈キリル・メトディウス団〉の一員として逮捕され、一兵卒として10年間流刑生活を送ったが、反帝政、反専制の態度を崩さず、抑圧されたウクライナ人の悲しみを歌い続けた。
  • ジャンブール通り……ジャンブール・ジャバーエフ(1846−1945)に由来する。カザフの国民的吟唱詩人。主にカザフ人の生活について唄った。1937年トビリシで開かれた詩人ショタ・ルスタベリ750年祭に出席する等広く宣伝活動した。作品には『レーニン』、『我が故郷』等がある。
  • クルマンガズィ通り……クルマンガズィ・ザギィルバーエフ(1806/1818−1879/1882)に由来する。カザフの国民的作曲家。カザフ・クラシック・キュイ(西洋風のクラシックとは全く異なる)の祖といわれている。当時キュイ士は反体制分子として封建領主・皇帝から迫害されており、彼自身イルクーツクで拘留生活を送るが彼の思想は変わることなくカザフ人の無限の力を表現し続けた。
    注:キュイとはカザフの民族楽器で演奏される小曲。
  • チミリャーゼフ通り……クリメント・アルカージエヴィチ・チミリャーゼフ(1843−1920)に由来する。植物学者、モスクワ大学教授。炭酸同化における太陽エネルギーの役割を研究。光エネルギーは緑葉によって吸収され化学エネルギーに変わり植物体内に保存されるとするドイツのJ・R・フォンマイヤーらの理論に実験的基礎を与えた。ソビエト・ダーウィニズムの創始者とされている。
  • フルマノフ通り……ドミートリー・アンドレエヴィッチ・フールマノフ(1890−1926)に由来する。作家、共産党員。プロレタリア作家グループ「10月」に所属、中・長篇小説を書いた。作品には『反乱』、『チャパーエフ』等がある。
  • チャパーエフ通り……ワシーリー・イヴァノヴィチ・チャパーエフ(1887−1926)に由来する。ロシア十月革命に続く内戦期の英雄で、赤軍指揮官。もともと第一次大戦に陸軍曹長として参加、その勇敢さで3個のゲオルギー十字勲章を受ける。ロシア革命後は赤軍に加わり、チェコスロバキア軍との戦闘、東部戦線でのコルチャーク軍との戦闘を指揮する等、数々の功績を立てるが、1919年9月に戦死。
  • フルンゼ通り……ミハイル・ワシリエヴィッチ・フルンゼ(1885−1925)に由来する。革命家で革命後は軍人。1905年革命ではイワノヴォ・ヴォズネセンスクでボリシェヴィキの組織者として活動。20−24年ウクライナ・クリミヤ軍総司令官兼ウクライナ人民委員会議副議長を務め、トロツキーの軍事人民委員解任に伴い25年1月に軍事人民委員に就任したが、10月に手術の失敗で死去した。
  • アバイ通り……アバイ・クナンバーエフ(1845−1904)に由来する。詩人、啓蒙思想家、古典主義者。
  • アルファラビー通り……アルファラビー(870−950)に由来する。哲学者。
  • アブライ・ハン通り……スルタン・アブライ(1711−1781)に由来する。中ジュズの長。ジュンガリアの領主間の抗争に乗じて中ジュズの領域圏外に中国の勢力を追い払った。また、「汗(ハン)」(北方遊牧民の首長の称号)となった後はロシアと清との勢力均衡を巧みに利用してジュズの勢力を上手く保った。

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